
水俣病の公式確認から70年を迎えた1日、熊本県水俣市で、犠牲者慰霊式が行われました。
慰霊式は、かつてチッソの工場が排出したメチル水銀を含むヘドロを埋め立てたエコパーク水俣の慰霊碑の前で午後1時半から行われました。
水俣病の患者・被害者や遺族をはじめ、石原宏高環境大臣や熊本県の木村敬知事ら約800人が参列し、鎮魂の鐘にあわせて黙とうを捧げ、献花しました。
また、患者・遺族を代表して、水俣病資料館語り部の会会長の緒方正実さんが祈りの言葉を捧げました。
「水俣病によって大切な家族を亡くしたり、自ら健康被害を受けたり、差別や偏見、地域の分断など世界に類をみない公害を経験してきました。怒りや不満を並べれば言い尽くせないほど長い人生を経験してきました。その怒りと不満を乗り越えて、きょう、ここに立っています」

家族の苦しみや、差別や偏見を恐れて認定申請を避けていた自身の経験、10年にわたる戦いを経て認定を受けたことなどを語り、真の解決を訴えました。
「正直に間違いを認めることができない人間の心、傷つき殺されていく人々を家族だと思わない人間の心、声をあげることさえできずに倒れていった人々、この世に生まれてくるはずだった多くの命、魚や鳥など奪われた多くの命をなかったことにして忘れてしまう人間の心が問われているのではないでしょうか」
「私が思う真の解決とは、すべての人たちが、起きた出来事と向かい合い、心から反省をし、教訓につなげることができたときだと思います。水俣病問題は人間が起こしてしまった出来事ですから、私たちの努力で問題を解決し、次世代の子どもたちに、水俣病を教訓として伝えたいと思います」
「水俣病」は、チッソ水俣工場からメチル水銀を含む廃水が不知火海に排出され、汚染された魚介類を食べたことによって発症した中毒性疾患です。チッソ水俣工場附属病院の病院長が、患者の発生を水俣保健所に報告した1956年5月1日が公式確認の日とされています。












